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カート・ヴォネガットの傑作と言われる小説。ようやく読めた。
単的に言ってしまうと、お金持ちが貧乏人にお金を配る話。なのですが。
いやぁ。そんな言葉で片付けてはいけない、風刺とユーモアにあふれ、深く、深く、入り込んでしまう作品でした。
きっとほかの作品も面白いに違いない、これから片っ端から読んでいくのが楽しみ。
かつてアメリカで賞賛され、高い評価を受けていたカート・ヴォネガット。
若い世代の間で再び読まれるようになり、再度ブレイクしたらしいが、いまはそうでもない感じ?でしょうか。
日本で翻訳されたのは、だいぶ前のようでして。いま手元にある文庫本の出版年は、昭和50年代、1980年前後といったところ。
昭和52年にハヤカワ・ノヴェルズ版が出て、昭和57年にハヤカワ文庫版が刊行されています。
経済的には、バブルだった時期と重なるでしょうか。
大金持ちたちの話は、その頃この小説と初めて出会った人たちにとって、どのような感慨を持って迎えられたのか、と思いを馳せるのも一興(どうでもいいか)
この作家を愛読している方は、いまでも多くいらっしゃるそうです。
たとえば爆笑問題の太田光さん。事務所の名前「タイタン」は、カート・ヴォネガットの小説「タイタンの妖女」からとったそうです。
「生者と死者とを問わず、すべての人びとの存在はたんなる暗合であり、そこに解釈を加えるべきではない。」
『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』
こういうのが書いてあると、何回も読んじゃいますね。単純なことが書いてあるのに、意味が深すぎてよくわからない。クリシュナ・ムルティを読むときも、いつも私の頭ではそんな感じです。わかるようで、はっきりとは掴めないです。
読んだそばから本の内容を忘れるので、備忘録として書きます。登場人物が複雑なので、多少整理しておこうという意図もあります。
まず若手弁護士、ノーマン・ムシャリが登場する。
ノーマン・ムシャリが働く弁護士事務所で、ムシャリの上司、マッカリスターがローズウォーター家の代理人や管理をまかされている。
莫大な財産を守るためにつくられたローズウォーター財団の創設者は、インディアナ州選出の上院議員、リスター・エイムズ・ローズウォーター。
のちに登場し、話の核となるエリオットのおやじである。
資産の保護には、財団と同時に設立されたローズウォーター株式会社が責任を持つ。
マッカリスターの法律事務所は、ローズウォーターの財団と株式会社、両方の立案者である。
ムシャリはレバノン系で、ブルックリンの敷物商人の息子、身長160cm、偉大な出っ尻、「この尻は裸になってもつやつやしていた」という設定である。
事務所の最年少、ムシャリは、最年長76歳のマッカリスターのもとで働くことになった。
ムシャリは、ひそかにローズウォーター財団の転覆計画を練っていた。
大きな財産贈与の機会をねらい、その一瞬をつかんでおこぼれにあずかろうと、事務所に保管された秘密ファイルを調べ、機会をうかがっている。
ローズウォーターの財産は、規定どおりなら上院議員の息子エリオットに引き継がれるはずだが、役員が精神異常と判定された場合、相続人としての即時除名を規定しているため、息子のエリオットがどうやらキじるしだという評判を知り、ムシャリは興奮した。
エリオットが相続しないのであれば、次点はロードアイランド州のいとこであるが、その男は、あらゆる点でエリオットに劣っていた。
もしエリオットがその地位を手放すときがくれば、ムシャリはいとこ側の代理人をつとめているだろう、と始めから書かれており、最後はその機会がくるのだが、結果的に、いとこ側に財産が渡ることはないのである。なぜなら、奇行の数々を披露してきたエリオットが、最後の最後に”正しい”選択をするからである。
エリオット・ローズウォーターは、1947年に財団の総裁となった。
17年後の1964年、マッカリスターの法律事務所で雇われたムシャリがエリオットに関する調査を始めた。
そのときエリオットは46歳。ムシャリはちょうど半分の年齢、ということは23歳。
法律事務所に保管されているエリオットの手紙には、莫大な財産がどのように築かれ、守られてきたかが記されていた。
次に相続する人に宛てた手紙で、エリオットはまだ存命中にもかかわらず、故エリオットと記されている。最後まで小説を読み終えてから、その手紙をふたたび読み返すと、感慨深い。やはりエリオットは、キじるしでもなんでもなく、奇行はあるものの、その本質はいたって正常であり、金持ちの間で失われた尊い精神を持ち続けていた男とさえ思える。
小説を通して、それは随所に現れる。ローズウォーター郡の事務所で、あわれな人々の相談に乗るエリオットの言葉の端々に、それは現れる。
たしかに常人ではないが、エリオットは、精神異常などではない。どんな人にも心優しく、あたたかく、思いやりを持って語りかけ、絶望する相手の希望をつなごうとする。その言葉は、決して異常な人物から発せられる言葉ではない。
エリオットの妻、シルヴィアにもそのことはわかっていたはずだ。シルヴィアは、夫エリオットが正しいことをしていると、最初から最後までわかっていた。
それでも、精神衰弱になったシルヴィアは、エリオットと別居し、パリへ飛び、エリオットとお互いに思い合いながらも、離婚調停をすることになったのである。
離婚するほかに、どうすることもできない。思い合っているのに、なぜなのか。この理由を突き詰めていくと、それは、莫大な財産があることが原因と思われるのである。そしてその財産を背負い、エリオットの思う正しい方法で生きていこうとするとき、エリオットは周囲からキじるしと評価される。妻シルヴィアは夫と共に、世間から見捨てられるような人々と接するうちに、その精神を削られていく。
エリオットが相続人に宛てた手紙には、ローズウォーター家の歴史が綴られている。
アメリカの大富豪によくある例で、ローズウォーター家の財産も、最初にその基礎を築いたのは、南北戦争の戦中戦後に投機師と贈賄屋に転向した謹厳吝嗇(きんげんりんしょく)なキリスト教徒の農家の伜だった。
インディアナ州ローズウォーター生まれの農家の伜、その名はノア・ローズウォーター。エリオットのおじいさんにあたる。
ノアと弟のジョージは、父親から農地と小さな工場を相続した。そこへ戦争がはじまった。
弟ジョージは出征した。
ノアは身代わりを戦争へ行かせ、工場の製品をサーベルと銃剣にし、農場を養豚場にかえた。
ノアは財産のあるクレオタ・ヘリックと結婚し、工場を拡張し、ローズウォーター群の農地を買い占めた。いくつもの会社の経営権を買収し、銀行を設立した。ノアは次第に、株や債券など、有価証券の扱いを増やすようになった。
政府にはほんのすこしの賄賂で苦情をかき消し、立法府の議員を口説いて利権を得る方法を見つけた。
こうして、一握りの強欲な国民が、アメリカの中で支配する価値のあるすべてのものを、支配するようになった。
ノアとクレオタ・ヘリックの子どもはサミュエル。サミュエルはジェラルディン・エイムズ・ロックフェラーをめとった。
サミュエルは選挙のボスとして共和党に奉仕した。新聞社や説教師を買収した。
サミュエルとジェラルディン・エイムズ・ロックフェラーの子どもがリスター・エイムズ・ローズウォーター。リスター・エイムズ・ローズウォーターはユーニス・エリオット・モーガンをめとった。
ユーニスは歴史小説を書き、ベストセラーになったが、ヨット事故のために亡くなった。
息子、エリオットは母ユーニスについて、こう書いている。
彼女は賢く愉快な女性で、貧乏人の生活を真剣に思いやっていた。
エリオットはパリ生まれの美人、シルヴィア・デュヴレーズ・ゼッタリングをめとった。子はもうけなかった。
シルヴィアの母親は画家たちのパトロンで、父親は現代最高のチェリスト。
母方の祖父母は、それぞれロスチャイルド家とデュポン家の出だった。
手紙の終わりに、エリオットはこう記している。
ボン・ヴォワイヤージュ、親愛なるいとこよ、それともだれであろうと、この手紙をうけとるきみよ。けちけちするな。親切であれ。(中略)
貧しい人びとの真剣で親身な友人になりたまえ。
もう、このローズウォーター家の設定が、鳥肌が立つほど面白い。
そして、小説の最後まで読んでから、この手紙を読み返すと、ぜんぶ合点がいく。
最初からエリオットは、いとこにお鉢が回っていくであろうことも視野にいれていたし、もしくはそれ以外のだれであれ、この莫大な財産を貧しい人びとに親切にふるまうために使ってほしいとの意図が汲み取れる。
カート・ヴォネガットの小説の組み立て方が面白い。最初からプロットに脱帽する。
ここまで書いたのは、ほんの最初の数ページのことである。
ここから、面白い展開が(ごく個人的に面白いと思っているだけですが)次々と繰り広げられる。
どこではっきりと精神異常とされてしまうのか(そして果たして彼は相続人から除名されてしまうのか)、そのしるしを見出そうと深く読み進めていくうちに、エリオットの尊さと、周囲の滑稽さに気づくのである。
また読みたい。
いまや流通している紙の本は古本しかない。再度刊行されることを期待します。
電子書籍のリンクもついでに貼っておきます。
完全に余談ですが、ローズウォーターは、お肌の保湿に良いですよね。
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